大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和52年(う)628号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判旨】

〔一〕所論(二)の骨子は、本件訴因(注意義務の内容については、昭和四九年五月二〇日付訴因変更請求書に基づき変更されたもの)の記載は、出火地点(飛火地点)、飛火時刻について特定がなく、また、注意義務に関する記載も、山焼中の注意義務とその終了後における注意義務とを区別せずに併記し、その重畳的義務違反の結果飛火により出火させた責任が被告人らにあるとされているが、山焼中の注意義務とその終了後における注意義務とは具体的内容を異にし、出火が一度である以上これらの注意義務違反が重畳することはありえないから、注意義務違反が特定して示されているとはいえず、これに伴い注意義務違反と飛火との因果関係の点も全く不明確で不特定であり、したがつて、被告人らとしては何拠を争点として防禦すべきか全く不明確であり、結局本件公訴の提起は、刑事訴訟法二五六条三項に違反し無効である、というのである。

よつて案ずるに、先ず、出火(飛火)地点につき、起訴状には公訴事実(変更後の訴因においても同じ)として、「同所の南端から約四五米南方の大里秀吉所有の松雑木林に飛火させ同日午後六時頃同所から火を失し、」と記載されており、右記載のみでも訴因の記載として出火(飛火)地点が特定されていないとはいえないうえ、原審第一五回公判における検察官の釈明により、右地点は、昭和四五年一一月二五日付検証調書第二見取図の(ロ)点である旨具体的に特定主張されるに至つたのであるから、この点に関する特定に何等欠けるところはない。また、飛火時刻については、起訴状記載の訴因においても、変更後の訴因においても、全くその記載が存しないところ、原審第一五回公判において、検察官は、山焼開始後の午前九時ころから午後六時ころまでの間である旨釈明しただけで、それ以上これを特定していないが、本件のような山焼に伴う飛火についてその時刻を明確にすることは必ずしも容易でないことに加え、本件訴因では飛火による出火時刻が「同日午後六時頃」である旨特定されていることを併せ考えると、本件訴因における飛火時刻の特定が直ちに訴因の不特定をきたすほど不十分なものであるとは認められない。

次に、上記変更後の本件訴因によれば、(一)本件山焼にあたつては、あらかじめ付近の乾燥状態及び当目の天候等を調査し、天候が好転するまでこれを中止するか、飛火による延焼を防止するため、付近山野に十分撤水して火入れを行い、(二)山焼中は、周囲に飛火しないよう十分火勢を看視し、かつ適宜見張り員を配置して飛火防止の万全の措置を講じ、(三)作業終了後は、付近に飛火していないことを確め、残り火の有無を十分点検し、完全に消火したことを見きわめ、森林火災を未然に防止すべき注意義務があるのに、被告人らが、これを怠り、(一)気象条件に十分留意することなく、本件当日午前九時ごろから山焼を開始し、(二)同日午後三時ごろまで山焼実施中、飛火等の看視をつくさず、(三)かつ作業終了後残り火、飛火の有無を点検せず放置した点に注意義務違反があるというのであり、これらの各注意義務違反が重畳的に競合し、一個の過失となるというのが検察官の主張である。これらの注意義務違反は、本件山焼の各段階にわたる広範なものであり、とくに、本件が一回の飛火による出火を前提とする限り、右各注意義務違反には、本件結果に因果関係のある注意義務違反として併存し得ないものが含まれていることは所論のいうとおりであり、単に重畳的な注意義務違反の主張にとどまらず、選択的な注意義務違反の主張をも含むものと解さざるを得ず、これらの注意義務違反と飛火による出火との因果関係も個別的具体的に主張されていないことはこれを否定することができない。しかながら、開墾目的のためにする山焼作業は、火入れにより人為的に火力による燃焼作用を起こさせる一方で、消火作業を併行させ火力をコントロールしながら、逐次地上の可燃物を焼却し最後に完全に消火させる一連の作業過程をいうのであるから、森林火災を未然に防止するための、気象条件に対する留意、既焼却区域に対する消火、飛火に対する看視等山焼従事者に課される注意義務の多くは、各作業段階にわたつて併存する注意義務であるといわなければならない。もとより、訴因の記載は、できる限り具体的であるべきであつて、本件においてもいずれの作業段階において出火原因である飛火が発生したかを明らかにすると同時に、その特定の作業段階に対応した注意義務を明示し、その違反と飛火との因果関係を具体的に明らかにすることが望ましいことではあるが、前記のごとき山焼作業及びこれに併う注意義務の性質並びに飛火時刻認定の困難性を考慮すると、本件訴因におけるように、山焼の各作業段階にわたる広範な注意義務違反を重畳的、選択的に記載し、それと結果である飛火による出火との間の因果関係の径路を抽象的に記載するにとどまつている場合においても、そのことから直ちに訴因の不特定をきたすものということはできないと解するのが相当である。

そして、飛火(出火)地点、飛火時刻、出火時刻及び注意義務違反等本件訴因の各要素を総合して検討しても、審判の対象が特定されていないとは考えられず、また飛火時刻の不明確、注意義務違反の重畳的、選択的記載、因果関係の径路の抽象性等が被告人の防禦に及ぼす若干の不利益も、上記説示の事由から考えるとその受忍すべき限度を越えているものとは認められず、従つて本件公訴提起が、訴因の不特定により、刑事訴訟法二五六条三項の規定に違反し無効であるとは解されない。

〔二〕論旨は、要するに、原判決は、山焼を行うにあたつての気象条件に対する注意義務を述べたうえ、強風、波浪、異常乾燥注意報を看過して火入れをした被告人らの共同過失を認定しているが、右判示の過失は余りにも抽象的かつ一般的過失であつて、飛火との間の相当因果関係を認めることができない。また、原判決は、火入れを延期すべき注意義務を認定しているが、原判示の状況は、山焼の好条件とはなつても山焼を延期すべき理由とはならないし、また右注意義務は抽象的な結果回避可能性を定立しただけで具体的注意義務とはいえない、更に原判決は山焼を中止すべき義務を怠つて第二、三回の火入れをした旨判示するが、右中止義務をつくしただけでは、原判決が認定する山焼の残り火(の飛火)による火災発生の結果は回避できず、結果との間に因果関係は存在しない、したがつて原判決には、理由を附せず又は理由にくいちがいがあり、刑事訴訟法三七八条四号の事由があるから破棄を免れない、というのである。

よつて案ずるに、原判決は、本件火災原因について、「(同日午後三時ごろまで山焼した共同過失により、)右山焼による残り火の火の粉が折りからの北風にあおられて舞い上がり、保火のままで飛行し、同山林の南側に尾根を距てて接続する大里秀吉所有雑木林と山崎久次所有雑木林との境界辺にして山焼した場所より四〇ないし五〇メートル離れたところに着地して飛火し、同日午後六時ごろ火災を発生させ、(同所の東南に連なる別表記載の山林等を焼燬した)」旨、すなわち火災原因が山焼の残り火の飛火にある旨認定判示しているが、右火災原因となつた飛火を惹起した被告人らの過失行為については、「気象条件が好転するまで火入を延期するか、区分して火入れをした後も前記気象条件等を踏まえ、」「火災発生のおそれが予見されたときは事後の火入を中止すべき注意義務がある」のに、被告人らはこれらの注意義務を怠り、「前記開墾予定山林を三区画に分け、同日午前九時ごろ第一回の火入をし、同日午前一〇時一〇分切替発令の強風、波浪、異常乾燥注意報を看過し、同日午後一時ごろ、同午後二時ごろと第二、三回の火入をし、同日午後三時ごろまで山焼した共同過失により」、前記のように出火に至らしめた旨判示しているのであるから、原判決の認定判示している被告人らの過失行為は、要するに、第一回の火入後気象条件の変化に伴う右注意報の発令により、以後山焼を継続すれば火災の発生が予見されるに至つたのに、これを中止することなく、第二、三回の火入れをして全予定を強行した山焼中止義務違反行為をいうものであることが明らかである(なお、原判決には山焼延期義務違反を認めたかのような判示もあるが、原判決文全体を検討すれば、原判決は、山焼を開始し第一回の火入を行つたことを本件過失の内容をなす具体的な注意義務違反として確定判示したものとは解しえず、延期義務にふれたのは、右山焼中止義務を認定するについて、その前提的事情として記載したものと判断される)。

以上説示したところから明らかなように、原判決は、本件出火の原因が山焼の残り火の飛火であると認定しながら、その結果の発生に最も近接する注意義務として訴因に掲げられている残り火に対する点検消火義務を尽くしたかどうか、これを尽くせば結果の発生を防止しえたかどうかについて何らの判断をも示さずして、それ以前の段階に属する山焼中止義務違反を過失行為として認定しているのであるが、残り火に対する点検消火義務を尽くすことにより残り火の飛火による出火を防止することが可能であり、被告人らにおいてこの義務を怠つたことが出火の原因であれば、その前段階における山焼を中止しなかつた行為のごときは、一般的にいつて不注意な行為であつたとしても本件結果の発生とは無関係な行為であると考えられるところ、原判決の認定するように本件出火の原因が残り火に対する点検消火以前の山焼実施中の飛火その他の原因による出火でなく、残り火の飛火によるものである以上、その飛火は、残り火に対する点検消火により防止し得るのがむしろ通常の事態であつて、もはや残り火に対する点検消火活動によつては出火を防止し得ないのは、気象条件のほか山焼の規模、水利、出動消防能力等を綜合して、これを防止し得ないような事情の認められる場合に限られると考えられる。そうだとすれば原判決の本件過失として判示する山焼中止義務とその結果として判示する残り火の飛火による出火との間には通常因果関係を欠くものといわざるを得ず、原判決が、単に強風、波浪、異常乾燥注意報の発令と可燃物の乾燥状態について判示するのみで、残り火の点検消火を行つてももはやその飛火による出火を防止し得ないような事情のあることを何ら示していない以上、原判決には、この点において理由のくいちがいの違法が存するものというべきである。論旨は理由がある。

〔三〕原判決の罪となるべき事実を、当審で予備的に追加された訴因に基づき、次のとおり変更して認定する。

被告人らは、和歌山県目高郡川辺町大字土生一の井六、三一六番地の一に所在する山林約0.8ヘクタールを共同で開墾して畑に造成することを計画し、昭和四五年一月一三日その開墾準備として、同山林に生育する雑木、ささ、しだ等の雑草等に対して山焼をしたのであるが、同地方は数十日来の晴天続きで付近山野の草木を始め地面の可燃物が著るしく乾燥し、山焼の火やその残り火が風にあおられて飛散して飛火し森林火災を起すおそれがあつたのであるから、山焼を行うにあたつては、草木等の燃焼した箇所及びその周辺に十分放水して残り火を完全に消火した上、これを確認し、もつて森林火災を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠り、同日午前九時ころから前記気象条件に拘わらず山焼を開始し、前記山林を三区画に分割し第一区画から順次火入れを行ない、同日午後三時ころ、第三区画の火入れの後、同所の燃焼した箇所の残り火の有無の点検・消火を十分に行わず、残り火を完全に消火せずに放置した過失により、同所の残り火の火の粉が折りからの北風にあおられて舞い上がり、保火のままで飛行し、同所の南側から約四、五〇メートル南方の山崎久次所有の雑木林内(大里秀吉所有の雑木林との境界付近)に着地して飛火した結果、同日午後六時ころ、火災を発生させ、同所の東南に連なる別表記載の湯川知三郎他九名所有の森林等合計約7.86ヘクタール(損害額合計約五五九万四、四八〇円相当)を焼燬したものである。

右の事実、<証拠>によつてこれを認める。

原審弁護人は、仮に本件山焼の残り火が出火原因である場合にも、被告人らは本件山焼に際し川辺町消防団員の応援出動を求め、当日は消防団長以下三名の団員が消防車一台等と共に山焼作業に参加し、消防団長の指示通りの順序、方法で山焼に着手し、且つ撤水を行いこれを終了したものであり、消防に関し素人である被告人らが、消防団長の専門的知識、経験を信頼しその指示に従つて行動するのは当然であるから、その結果山焼現場の残り火から火災が発生したとしても、それは消防団長の不注意というべく、被告人らに過失を認めることはできない、と主張する。

よつて案ずるに、関係証拠によると、いわゆる山焼をなすに当つては、予め森林法二一条一項により市町村長の火入許可を受けなければならないが、右許可を受くべき者は、当該山林につき山焼をなす権限を有する山林の所有者等であり、本件においては、本件山林の共有者である被告人らが右許可申請をして、川辺町長から火入許可を受け、許可証の交付を受けていること、右火入許可には、防火帯を設けるなどの防火上必要な事項が条件として付されているが、山焼実施に当り消防関係機関の指示・監督を受けるべきことは勿論、同機関への火入の届出をすることすら条件とされていないことが認められ、山焼行為は、森林法上も、また実際の行政指導においても、あくまで火入許可を受けた山焼実施者の責任において遂行すべき建前とされていることが明らかである。

本件の場合、被告人らは右火入許可をえたのち、万一に備え川辺町消防団員の応援を求め、山焼当日には消防団長以下三名の消防団員が山焼に応援参加して作業に従事したことは前認定のとおりであるばかりでなく、その実施については、事実上主として消防団長の指示に従つて消火撤水を行つたことが認められるけれども、これらの事実があつたからといつて、被告人らが本件山焼の実行主体でなくなるいわれはなく、よつて生じた失火の結果については、各人の過失の有無、程度等に応じた刑事責任を負担すべきは当然であつて、残り火の消火の打ち切りについて右消防団長の指示に従つたからといつて、本件過失責任を免れるものではない。所論は採りえない。

(石松竹雄 岡次郎 久米喜三郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!